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琉球大学大学院地域共創研究科

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SOCIAL INNOVATIONソーシャルイノベーションデザイナー

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「ソーシャルイノベーションデザイナー キックオフレクチャー」
 第1回クロストーク・レクチャー トークアーカイブ

2025.03.31

第1回クロストーク・レクチャー
「ソーシャル・イノベーションって、なんだ?」

 講師
 新川達郎 名誉教授(同志社大学、行政学)
 高畑明尚 教授(琉球大学大学院地域共創研究科 いのちと人権の経済理論)

令和7年度に開講する「大学連携型ソーシャル・イノベーション人材養成プログラム」に先立ち、令和7年3月7日、那覇市牧志駅前ほしぞら公民館にてキックオフレクチャーが開かれた。同志社大学の新川名誉教授をお迎えして、琉球大学大学院地域共創研究科の高畑教授の進行のもと、プログラムに関心がある方々に対しガイダンスと講義を行った。

同プログラムは、社会課題の根本にアプローチして、持続可能で実現可能な解決策を生み出す力を育む教育プログラムであり、琉球大学、龍谷大学、京都文教大学が連携して開発し、社会構造の理解と経営企画能力を兼ね備えた人材の育成を目的とする。基礎科目、キャップストーン科目、特別講義が提供され、同プログラムを通して受講生は「ソーシャルイノベーションデザイナー」資格取得を目指す。

基礎科目は各大学で異なる内容を用意しており、履修者は興味に応じて選択が可能。高畑教授は「特にキャップストーン科目が重要」と述べる。同科目では、地域課題を社会構造から分析して新たな価値を創造する力を養い、また授業でのフィールドワーク実践と最終発表を経て、社会課題解決能力を醸成する。

プログラムパンフレット 
https://www.ced.u-ryukyu.ac.jp/wp2022/wp-content/uploads/brochure3.pdf

高畑教授より、プログラムのガイダンスと並行してソーシャル・イノベーション(以下、SIと記載)の具体例が示された。

■ヘラルボニー(岩手県)
障がい者のアート作品を商品化し、収益化と社会的包摂を実現する事業を展開。「異彩を放て」を掲げ、障がいの有無を超えた才能の発揮を促す。木更津アウトレットパークや渋谷タワーでの展示、岩手県田老地区の津波被災館での体験提供など活動の幅を広げる。

■瀬戸内国際芸術祭(瀬戸内海諸島)
地域住民とアーティストの協働による作品展示を通じて、離島や地域の共同体再生を図る試み。竹製ドームや改装倉庫などを活用して住民が集う場を創出し、また越後妻有の炭鉱トンネルや丹波の畑での展示で観光客を呼び込むとともに、住民が地域資源の価値を再認識することで、地域の活性化につなげる。

■アートを活用した地域再生(群馬県)
ギャラリー拠点の設立、老朽ホテルのモダンアートホテルへの改装、また元映画館をアートイベント会場に活用して、駅前にはオークション会場を建設した。スポンサー企業の資金提供により市場経済との連携を構築するとともに、成功者が資金を還元するモデルを確立しており、沖縄でも同様の企業投資が期待される。

その他、県内A型就労支援団体による障がい者の就労支援を目的としたバニラ栽培、県内廃棄物処理企業による無農薬栽培野菜を海中の魚の餌にする循環型養殖システムの開発、その他、障がい者等の進路開拓・就労支援、社会参加促進といった琉球大学としての取り組み、龍谷大学によるファイナンスを活用した社会課題解決策としての、タイへの輸出事業といった取り組みが紹介された。

その後、関係者による意見交換の中で参加者は、過去に自動車メーカーでCO2排出量の少ない車の開発に携わっていた経験から“SIデザイナーに求められる能力1~7” の必要性を実感している点に触れ、「3大学合同で取り組む上で不足する教育資源(特に教員)は、学外からの招聘も含めた対応が必要だと考える」と意見した。

高畑教授は「SIの定義は幅広く、厳密な定義にこだわるよりも、多様な連携のもとで社会・地域課題の解決に取り組む姿勢が重要である」と言及し、教員の広義な視野に基づいたキャップストーン科目への期待が共有された。

琉球大学大学院地域共創研究科長 本村真教授は育成プログラムについて「2年間という短期間で最大の効果を上げるためには、実践の機会が何より重要」と言う。理工学部だけでなく文系の学生も巻き込み、学部生から社会人、そして修了後まで継続的に活動できるような大きなパートナーシップを築くことへの期待や、沖縄銀行をはじめとする地域課題解決に積極的な企業との連携、円卓会議ワーキンググループとの協働などを検討している点を述べた。特に実践経験が少ない学生には修了後の活動支援が重要であり、地域公共政策士会との連携も視野に入れる考えを示し、地域連携推進機構畑中特命准教授に意見を求めた。

畑中特命准教授は、資格取得後の活動継続には、活動やスタートアップの場を提供することが重要だと強調し、沖縄地域公共政策研究会では修了生がグループで地域課題解決型プロジェクト研究に取り組んでおり、大学としても琉大イノベーション・イニシアティブを通じた支援など、継続的な支援体制の構築を目指していると述べた。

後半のクロストークでは、新川名誉教授により、同志社大学によるSI実践として2つの事例が紹介された。

一つ目の事例である、NPO法人〝ハイヒールフラミンゴ″は、悪性腫瘍により足を切断せざるを得なかった一人の学生が、義足社会における女性特有の問題に直面したことを活動の発端としている。義足は従来、実用性を重視したデザインが主流であり、特に女性用の義足においてはファッション性が考慮されてこなかった。また義足を使用する女性のコミュニティは存在せず、情報共有や精神的な支援を受ける場も限られていた。そこで彼女はコミュニティを作り、一緒にペティギュアをすることから始めて、それが後々、義足を製造する企業と連携して、ハイヒールを履ける義足や、和服に合わせて草履を履ける義足等の共同開発を行う形に発展していく。

また「ビーチを歩きたい!」という夢を実現するために、砂浜での歩行を実現する義足の開発が行われ、実際にお出かけをするレクリエーション活動が企画された。さらには「本物のフラミンゴを観に行こう!」と、アフリカに渡航して現地での交流を図った。このようにして、コミュニティは仲間内にとどまらず、国際社会へと広がりをみせる。

この取り組みは、社会に隠れていた性差別を浮き彫りにし、また単なる義足の改良にとどまらず〝障がいの有無を感じさせない社会に″といった視点で、支援の在り方そのものを変革した。また義足製造業者との協力によって、従来の機能性重視の義足からファッション性を兼ね備えた義足の開発へとマーケットを拡大し、義足利用者同士で支え合うコミュニティの確立により、個人の問題提起を社会的な課題解決へとつなげた。

2つ目の事例〝京都わかくさねっと″は大学院修了生が始めた活動である。もともと保護司として、罪を犯し収監された人々の社会復帰を支援する中で、大人だけでなく、特に少年院を出た後の若者の問題に課題意識を持った。法律違反を犯した子どもたちは矯正を受けるが、18歳になると支援が途切れ、社会に放り出される。社会生活に不慣れなまま自立を求められ、犯罪や夜の仕事に関わるケースも少なくない。また、家庭内暴力(DV)や地域での孤立などの状況も多い。こうした状況下にある、特に10代の少女たちを支援するために〝京都わかくさねっと″を立ち上げて居場所を提供し、宿泊も可能な保護施設を整備した。また〝わかくさ食堂″を設け、地域の人々と食事を共にする温かい交流の場を作った。その後、相談場所の設置や休息の場の確保、共同生活の機会の提供など、地域ネットワークの構築を進め、医師や行政、児童相談所などと連携して少女たちの問題に対応している。

法律や制度の狭間にいる少女たちの支援には、公的制度だけでなく企業や民間団体の関与が不可欠である。〝京都わかくさねっと″はその一例で、東京や京都でも十数年前から同様の活動が開始され、厚生労働省や著名人の支援を受けている。こうした活動の成果として、民間の支援が整い始め、法務省でも少年院退院後の支援制度が整備され、少女の居場所作りが制度化された。また、京都でも地方行政のもとで、居場所作りやカウンセリングや就業訓練などを推進する制度的SIに発展した。

報告を受けて高畑教授は、SIを考える上で「ソーシャル」と「イノベーション」の定義を明確にする必要性について触れた。イノベーションは、異なる分野の知見の組み合わせによって生じ、社会問題や地域課題へのアプローチとして求められる。社会全体の変革を目指すのか、特定の課題に焦点を当てるのか。またそのプロセスでは、市民自身がミッションを発見し変革を起こす役割が重要となる点に触れ、引き続きの議論を促した。

新川名誉教授は始めに、SIの概念と各国での広がりについて説明をした。スタンフォード大学ではSI教育を主に大学院課程で進め、雑誌を発行してアメリカ発のSIの考えを世界に広めている。同大学によると、SIとは“社会の進歩を支え、幅広い社会的・環境的課題に対する効果的な解決策を開発・適用するプロセス”と定義される。

一方、SIにいち早く注目したのはEUで、従来の仕組みが飽和・閉塞状態に陥り新たな社会課題の解決策を模索する中で、1998年にSIに着目をして、補助金プログラムを通じた新しいアイデアやサービスの開発を促進した。特に、財政難に陥った福祉国家の仕組みを補完するため、公共部門、民間企業、市民社会が協力する新しいモデルを模索する動きが強まった。

日本でも、21世紀に入ってからSIに注目が集まり、共通理解が形成され、実用的な価値が認識されるようになった。日本におけるSIは、社会を変革することが中心にあり、市場(マーケット)の期待に応えられない現状に対して新しい事業や商品・サービスの開発が進められる。同様に、公共部門でも新しい行政サービスの構築や効率化が進められ、市民団体やNPOなども社会課題に対応する活動を展開している。

SIは個人の意識変革だけでなく、組織や社会制度そのものを変革する力を持っており、その担い手として企業内起業家、公務員、NPO、地域団体など、多様なプレイヤーがいる。また市場部門革新という点では従来の市場原理とは異なり、社会課題の解決を通じて新たなビジネスチャンスを創出することに重点を置く。ITベンチャーが高付加価値の商品やサービスの開発を目指すのに対して、ソーシャルビジネスは福祉や健康など身近な課題に対応する仕組みを提供することが重要となる。近年、企業は社会的責任を意識した持続可能な経営を模索し、市場の変化に伴って新たな起業家が生まれ、社会性を持つビジネスモデルが注目を集めている。技術革新の分野でも人の心に寄り添う製品が求められている。これらの動きは市場全体を変革する可能性を秘めている。

現在、労働や経済の問題、健康や福祉の問題、環境問題、生物多様性の喪失など多くの課題が存在するが、SIは単なる解決の手段ではなく、その結果として生まれる理想の社会を目指すものである。そのためには組織や活動の在り方も革新的であることが求められ、概念が社会に広がることで持続可能な未来の実現につながり、また民主主義の発展や地球環境の保全など、グローバルな視点での課題解決にも貢献する。「2030年、2050年といった将来を見据えて、私たちは持続可能な社会の構築に向けて行動しなければならない」。

SI実践まとめ
1.新しいアイデアや理想を自ら見つけ出す
2.具体的な方策や技術を編み出す
3.組織・ネットワークを構築する
4.既存の資源や仕組みを効果的に再構築する
5.成功事例の波及効果を活かす

例えばSDGs経営やサーキュラーエコノミーの推進、貧困や環境問題への対応においては特に分野を超えた協働が求められ、企業・政府・非営利団体の連携が重要となる。また公共部門では、民主主義や自由を守るためのガバナンス改革、非営利部門では、停滞を防ぎ新たなニーズに応える取り組みが求められる。

地域や身近な問題を発端として社会全体を再構築するために、具体的な支援、教育システムの整備、企業や事業創出の機会を増やすことや、インパクトハブのような場を活用し新たな社会変革を促進することが必要となる。

「今後の社会においては、SIを担う人材の育成や環境整備が不可欠である」と、来る4月に開講予定の育成プログラムに対する意気込みが、参加者と共有された。

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