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琉球大学大学院地域共創研究科

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第2回クロストーク・レクチャー
「フィジカルコンディション×モチベーション×イノベーション」

 講師
 金岡恒治 教授(早稲田大学スポーツ科学学術院 スポーツ科学)
 本村真 教授(琉球大学大学院地域共創研究科 福祉学)

第2回目のキックオフレクチャーは、令和7年3月14日、那覇市牧志駅前ほしぞら公民館にて開かれた。琉球大学大学院地域共創研究科の本村真研究科長の進行のもと、早稲田大学スポーツ科学学術院の金岡恒治教授をお迎えし、プログラムに関心がある方々に対して本村教授によるガイダンスと金岡教授の講義、後半は参加者の意見交換と質疑応答を行った。

本村教授
技術的なイノベーションは比較的身近なものですが、地域共創研究科という文系の大学院としては「ソーシャル」が付加された「ソーシャル・イノベーション(以下、SIと記す)」とは何か、という視点で考える必要があります。ここで言うSIとは、社会の仕組みに起因する課題について、その仕組み自体を変えることで解決しようとする試みです。  では、この仕組みを変えるために何が準備されているのか。基礎科目やキャップストーンをはじめとする多様な科目が用意されていますが、短い時間の中で学生はこれらのカリキュラムを通じて、「七つの力」を養うことを目指します。

まず、解決すべき課題を発見することが重要です。社会構造の問題として、例えば児童福祉の視点から「子どもの貧困はなぜ起こるのか」といったテーマを考えることができます。最近の社会構造的な課題の一つとして、学校教育における「子どもの権利」や「教育の保障」が掲げられていても、実際にはすべての子どもが公平に学びの機会を得られているわけではありません。例えば、学校のカリキュラムが子どもの成長を促す機会となるのは、一定の学校生活に対する準備ができている子どもや、親から十分なサポートを受けている子どもに限られるのではないでしょうか。親からのサポートを受けながらこの準備が普通に出来ていた多くの人にとっては、学校教育を当たり前のものとして活用出来たかもしれません。しかし、虐待や貧困などの問題を抱える子どもたちにとっては、学校教育が必ずしも機能するとは限りません。

特に、コロナ禍では学校教育に適応するための準備が十分でない子どもたちが増え、不登校の問題が顕著になりました。以前から、家庭で心理的なエネルギーを十分に補給できる環境で育った子どもと、そうでない子どもとの間に格差があり、コロナ禍によりその差がさらに拡大しました。社会の大多数は、学校教育を普通に受けられる環境にありますが、その標準的な枠組みから外れた子どもたちにとっては、教育への参加自体が困難になるのです。

このような社会構造の問題をどのように変えていくか。そのために、七つの能力を高め、実際に社会にアプローチできる人材を育成することが本プログラムの目的です。SIが現実社会において起こる条件として、既存の仕組みの組み合わせを変えることで新しい変化が生まれる、という考え方があります。これは従来から言われていることですが、今回、金岡先生をお招きしている理由は、一見、課題の解決と直接は関係しないように見える「フィジカルコンディション」領域での先端研究が、例えば腰痛に影響する体の使い方や、あるいは、子どものスポーツに関する体験格差という視点を取り入れることで、子どもの貧困問題の解決にも応用できると考えたからです。

親が疲れ果てて腰痛がひどくなり、子どもと関われないことで、子どもが公園で遊ぶ機会を持てず、体の基礎的な動かし方を学べないまま小学校に入学するケースがあります。こうした子どもたちに対して、社会の仕組みとして、適切な体の使い方を学ぶ機会を提供することで、学校での学習へのモチベーション向上にもつながるかもしれません。子どもには運動が得意な子、絵を描くのが好きな子、音楽が好きな子など、様々な特意や好みがありますが、基本的に「体を動かすこと」はすべての子どもにとって必要な要素です。金岡先生が研究されている「モーターコントロール」の技法が、子どもたちの発達支援に活用できる可能性があります。

こうした先行事例を学びながら、自分が解決したい課題を設定し、既存の仕組みを応用して新たなアプローチを生み出すことが、この大学院での学びの一環です。また、琉球大学、龍谷大学、京都文教大学の連携により、多様な科目を履修できる点も特徴の一つで、他の2つの大学院の専門科目を受講することで、例えば政策領域に関する知識をより深めることも可能です。さらに、キャップストーン・プログラムでは、京都の学生と沖縄の琉球大学の学生がチームを組み、フィールドとして選択した京都や沖縄の具体的なエリアの課題について考え、解決策を模索し、より実践的な課題解決の学びが得られることを目指します。

具体的なアプローチとして、例えば「子どもの貧困」はいつから問題視されるようになったのか、歴史的な経緯を分析することが重要です。地域ごとに異なる課題の特性を把握し、類似点や相違点を明確にすることも大切です。これらを踏まえ、既存の枠組みの限界を認識し、新たな知見を得ることで、社会課題へのアプローチの幅を広げることができます。また、先述したように、キャップストーン・プログラムでは京都の学生と共に1年間チームを組み、社会課題に取り組みます。龍谷大学や琉球大学の教員の指導のもと、異なる視点を持つ学生同士が協力し合うことで、新たな発見が生まれることが期待されます。さらに、本プログラムでは、京都でのフィールドワークあるいは発表会を含む交流活動が用意されており、渡航費や宿泊費も大学側がサポートすることで、学生の経済的負担が少なく、これらの活動に参加できるための環境が整っています。このような仕組みを活用することで、大学院での学びをより充実させることができるでしょう。例えば龍谷大学では、寺社仏閣の維持や地域資源の活用といった課題にも取り組んでいます。学生は、それぞれの関心に応じて課題を選び、地域のポテンシャルや協力関係を考慮しながら、実践的な解決策を模索していきます。

このような多様な学びの機会を通じて、七つの能力を高め、社会に貢献できる人材の育成を目指します。ぜひ、本プログラムに関心を持っていただければ幸いです。

金岡教授:
筑波大学医学部卒業後、整形外科医として脊椎手術を専門としていました。並行して、高校時代に水泳で肩を痛めた経験から、スポーツドクターを志し、国内外のスポーツ大会でチームドクターを務めてきました。早稲田大学スポーツ科学部に在籍していた頃から、腰痛予防の研究を始め、その成果を社会に広めるための活動を行っています。本日は、腰痛予防を中心に、様々な運動器疾患の予防についてお話したいと思います。  もともとは整形外科医として、脊椎の病気を専門に診療していました。特に椎間板ヘルニアの手術を専門とし、多くの患者さんを治療してきました。

椎間板ヘルニアとは
腰の椎間板が後方に突出し、神経を圧迫することで、足の痛みや痺れ、場合によっては力が入りにくくなるなどの症状を引き起こす病気です。症状の程度には個人差がありますが、これらを総称して「ヘルニア」と呼びます。ヘルニアを取り除く手術には高い技術と訓練が必要で、多くの医師はそれを一生の専門とします。しかし、私は途中でスポーツドクターの道を志すようになりました。 

スポーツドクターを目指したきっかけ
高校時代、水泳の練習中に肩を痛めたことがありました。しかし、病院では電気治療と安静にするよう指示されるだけで、根本的な解決には至りませんでした。その経験から「自分で痛みを解消できるようになりたい」と考え、整形外科医の道を選びました。その後、水泳連盟のドクター組織に所属し、選手のサポートを経験。シドニーオリンピックでは、日本代表選手が腰痛のため100m平泳ぎを棄権するという出来事に直面しました。しかし、当時の私には痛み止めや座薬を処方することしかできず、無力さを痛感しました。この経験をきっかけに、「壊れた体を治す」だけでなく、「壊れないようにする」方法を見つけることが大切だと考えるようになりました。

腰椎予防プロジェクトの成果
私は腰痛を予防するための方法を研究し、日本代表水泳選手のメディカルチェックを通じて改善に取り組みました。2002年には33%の選手が腰痛を抱えていましたが、体幹トレーニングを導入した結果、2016年には11%に減少。国際大会で腰痛が原因で競技力を落とす選手も減り、シドニーオリンピック以降、オリンピックでの腰痛による棄権者は出ていません。体幹トレーニングとは、体の奥にあるインナーマッスルを活用し、滑らかな動きを促すトレーニング法です。これにより、選手のパフォーマンス向上と腰痛予防を両立することができました。

健康寿命と運動機能寿命の課題
日本の医療における大きな課題の一つが 健康寿命と運動機能寿命の差です。現在の医療では、意識がなくても心臓が動いていれば延命措置が可能であり、健康寿命と生命寿命の間には 男性で9.3年、女性で12年の差があります。この期間、介護が必要となる人が多いのが現状です。運動機能の低下要因としては、認知症、脳卒中、衰弱、骨折や転倒、関節疾患、心疾感などが挙げられます。特に、整形外科の観点からは〝関節疾患・骨折・転倒″が健康寿命を短縮する大きな要因であり、これが原因となる人は24%。さらに、衰弱も運動機能低下に影響を与え、これらを合わせると 37% に及びます。この問題を解決できれば、健康寿命を大きく延ばすことが可能になると考えています。

私の世代やそれ以上の世代では、寝たきりになることを恐れ、運動習慣を持つ人が多いです。しかし、運動しない人は 「自分の体に責任を持つ」という意識が低い傾向があります。室伏長官※1はこれを「自分の体にオーナーシップがない」と表現しています。車を大切にする人は定期的にメンテナンスを行い、細部まで手入れをします。しかし、自分の体に対してはどうでしょうか?自分の体を大切にし、健康を維持する意識を持つことが、運動を続けるモチベーションにつながります。腰痛で病院を受診する人は多いですが、そもそも 社会構造に問題があるのではないでしょうか? なぜ、人々は自分の体に責任を持たなくなったのでしょう。

〈考えられる要因〉
〇医療への過信
〇運動不足(日常生活の中で体を動かす機会の減少)
〇ストレス(精神的な要因が体調に影響を及ぼす)

私は、スポーツドクターとして腰痛予防の重要性を痛感して、研究を始めました。特に水泳は腰に負担がかかりやすく、腰痛によって競技力が低下する選手が多いため、国際競技力の向上には腰痛予防が不可欠でした。そのため、疫学調査や筋電図検査など、さまざまな研究を行いました。しかし、対策が分かっても現場に応用しなければ意味がありません。そこで、水泳連盟と協力し、メディカルチェック体制を構築。コーチやトレーナーとともに腰痛チェックと予防対策を実施しました。具体的には、四つ這いの姿勢で骨盤を安定させたまま手足を動かす体幹トレーニングを導入し、腹横筋というインナーマッスルを収縮させた状態で動作を行うことで、骨盤の安定性を高めました。トレーナーが腹部の筋肉の動きや骨盤の安定性を確認しながら指導し、選手も意識的に取り組みました。このエクササイズにより、水泳時の安定した動作が可能となり、競技力向上と腰痛予防につながると考えられます。

さらに、横向きの姿勢で下の足を持ち上げるエクササイズも取り入れ、体幹の筋肉を連動させる動作を再学習しました。その結果、2008年にプロジェクトを開始したところ、2002年には約30%だった腰痛を抱える選手が2016年には11%まで減少しました。さらに、過去のデータでは22%の腰痛者がいたことが分かっており、長年の課題であったにも関わらず、これまで対策が講じられていなかったことが浮き彫りになりました。エクササイズの組織的な導入が、腰痛の減少に大きく貢献したのです。

かつて日本は水泳競技で強さを誇っていましたが、一時的に低迷し、しかしシドニーオリンピック以降、メダル獲得が再び増え始めました。これは、ヘッドコーチによる強化策の成果と考えられます。私自身もチームドクターとして帯同し、北京オリンピックやロンドンオリンピックで好成績を収めました。ロンドン大会では金メダルこそなかったものの、多くの銅メダルを獲得しています。オリンピックでは3位と4位の差が大きいため、日本人選手の活躍は非常に際立っていました。エクササイズの導入も、この成果に貢献したと考えています。その後、メダル数は減少しましたが、パリオリンピックでは銀メダルを獲得しました。ヘッドコーチの交代など、組織の変化も影響を与えていると考えられます。JOC※2や日本スポーツ協会、スポーツ庁などでも、国際競技力向上のための対策が議論されています。

トップアスリートの世界では、「心・技・体」のバランスが重要とされ、またフィジカル面では、筋力・柔軟性・持久力の3要素が鍵を握ります。例えば大谷翔平選手のように、筋力だけでなく柔軟性も高い選手は、関節の可動域が広く、パフォーマンス向上につながります。ただし、柔軟性が高すぎると関節が不安定になり、怪我のリスクも増加するため、適切なバランスが必要です。また技術面では、体の使い方が重要で、大谷選手のバッティング技術の高さも、筋肉の使い方の調整によるものです。正しい体の使い方は、パフォーマンス向上だけでなく、怪我予防にもつながります。 

メンタル面では、安定した心理状態が不可欠です。特に、インナーマッスルを先に収縮させてからアウターマッスルを使う動作は、リラックスした状態で行う必要があります。緊張するとアウターマッスルの活動が強くなり、力んでしまい、正しい動作ができません。北島康介選手は、レース前に極度の緊張をせず、安定した心理状態で臨んだことが好成績につながったと考えられます。また、体のコントロールを司るのは脳であるため、心理的なバイアスがかかると技術の低下や怪我のリスクが増します。精神的ストレスも腰痛の一因とされており、体の機能向上にはフィジカルだけでなく、メンタルと運動制御の視点も重要です。 

一般社会においても、運動器の機能を高めることは重要です。特にロコモティブシンドローム(運動器の機能低下による生活支障)は深刻な問題です。健康寿命を延ばすためには、運動器の機能を維持・向上させる必要があります。現在、日本では平均寿命と健康寿命の差が、男性で約9年、女性で約12年あり、多くの人が介護を必要とする状態にあります。要支援・要介護の主な原因は、関節疾患や骨折・転倒であり、これらは運動器の問題と密接に関連しています。医療費も増加しており、2023年には47兆円に達し、整形外科関連の費用がその10%を占めます。厚生労働省は医療費削減のために対策を検討しており、OTC医薬品※3の保険適用除外や湿布薬の自費購入などが議論されています。今後は、「自分の体は自分で管理する」という意識を持つことが重要になるでしょう。

オリンピック選手を支える「ハイパフォーマンスサポート」の考え方を一般社会に応用する試みも行われています。東京オリンピックでは、選手村に医療施設とフィットネスセンターが併設され、医療的な治療だけでなく、運動器の問題に対するエクササイズ指導も行われました。この考えを広めるため、北海道東川町で一般の人々を対象に実証実験を実施。平均年齢51歳の住民76名に3ヶ月間の運動介入を行い、体幹トレーニングなどの運動制御エクササイズを実施した結果、腰痛の改善が見られました。
ここで、2024年3月までに実施した実証実験の結果を報告します。

腰痛に対して
過去に経験した最大の痛みを10とした場合、痛みの平均値は3.6から1.6へと減少し、個人差はあるものの概ね改善が見られました。ただし、日常生活の中でデータを取得したため一部の参加者では腰痛が増加するケースもありましたが、やむを得ない結果ととらえています。 

肩や膝の痛みに対して
対象者数が少なかったため有意な変化は見られませんでした。エクササイズの内容が体幹トレーニング中心であったため、腰痛の改善が主に見られた点は、理にかなった結果といえます。 

柔軟性の評価 
SLR(仰向けに寝て膝を伸ばした足を持ち上げるテスト)によるハムストリングス※4の柔軟性測定では、介入前後で変化はありませんでした。太ももの前側の筋肉の柔軟性テストでも同様の結果でした。つまり、3か月間の介入では柔軟性に大きな変化は見られませんでした。平均年齢50歳の参加者が短期間の柔軟体操を行っても、急激な柔軟性向上は難しいと考えられます。

体の使い方とスキルの評価
四つ這いで骨盤を前後に傾ける運動を行いました。この動作では、骨盤を後ろに傾ける際に腹横筋、前に傾ける際に多裂筋が働きます。介入後、骨盤の前後傾斜角度は有意に改善しました。ハムストリングスや太ももの前側の筋肉は、骨盤の前後傾斜を妨げる要因になります。柔軟性に変化がなかったにもかかわらず、傾斜角度が向上したのは、それまで動かせなかった人が自力で動かせるようになったためと考えられます。つまり、参加者はそれまで、自分の持つ身体能力を十分に活用できていなかったと推察されます。

ロコモ度テスト※5の評価
これはスポーツ庁の室伏長官が考案したテストです。運動器には明確な評価基準がなく、メタボリックシンドロームのような指標がありませんでしたが、ロコモ度テストはその基準を提供するものとして期待されています。東川町の参加者では、介入前のロコモ度スコアが32点、介入後には38点へと改善し、有意な変化が認められました。この結果は、ロコモ度テストが人間のモビリティ(体を動かす能力)を適切に評価できること、そして介入によって向上することを示しています。

以上の結果から、様々なエクササイズにより体幹の使い方が向上し、骨盤の可動域が広がることでモビリティが改善し、それが腰痛の軽減につながったと考えられます。姿勢にも同様の影響が見られ、例えば、骨盤が後ろに傾くと背もたれに寄りかかり、骨盤が立つと背もたれから離れることがわかります。骨盤の角度を適切に調整し、疲れたときに自然に動かせることが、モビリティの重要な要素といえます。

大谷翔平選手のインタビューで「フィジカルはスキルと違い、一瞬で獲得できるものではない」という言葉がありました。フィジカルとは筋力、柔軟性、持久力といった身体能力であり、長年かけて培うものです。一方でスキルとは、体の使い方や筋肉の使い方を指し、短期間で習得できるものです。スキル、すなわち運動制御は、評価も指導も難しい要素ですが、コンディショニングにおいて非常に重要です。筋力トレーニングに偏らず、バランスの取れたアプローチが必要です。 

スポーツ庁は、20歳以上の週1日以上の運動・スポーツ実施率を52.3%から向上させることを目標としています。運動習慣の促進には、多角的なアプローチが求められますが、JAXAとスポーツ庁は研究協定を締結し、宇宙飛行士とパラアスリートのトレーニング方法の共通点を探求しています。無重力環境や障害のある環境における身体機能の維持・向上は共通の課題であり、双方の研究が相互に有益であると考えられます。 

私たち一般人も確実に年齢を重ねていきますが、30年後のモビリティを維持するためには日々の運動習慣が欠かせません。“100歳まで自分の足で歩く”ことを目標に、医療関係者向けの腰痛運動療法セミナーの開催やSIGMAX※6施設での運動療法提供を通じて、より多くの人が健康的な体を維持できるよう支援していきます。今後も、腰痛の原因を理解して、適切な運動を実践することの重要性を広め、健康維持のための運動習慣を多くの人に伝えていくことが、私の使命だと思っています。

※1 室伏長官…室伏広治。ハンマー投選手、スポーツ科学者、陸上競技指導者、スポーツ庁長官。2004年アテネオリンピック ハンマー投の金メダリスト。ハンマー投のアジア記録・日本記録保持者。
※2 JOC…公益財団法人日本オリンピック委員会」(National Olympic Committee)
※3 OTC医薬品…※医師の処方箋を必要とせず薬局やドラックストアで購入できる薬。
※4 ハムストリングス…太もも裏側にある大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋の3つの筋肉の総称。
※5 ロコモ度テスト…首、肩、胸椎、膝、足首などの運動機能を評価する方法。
  https://locomo-joa.jp/check/test
※6 SIGMAX…日本シグマックス株式会社。

〈質疑応答〉

質問者1:
子どもたちは言葉での表現が苦手なため、体へのアプローチが有効だと考え、TRE(トラウマ解放エクササイズ)を試しました。児童養護施設の先生方に30分ほどのエクササイズを体験してもらい、その前後の心の状態を調査したところ、一定の効果が見られました。しかし、エクササイズ自体には効果があるものの、継続して行えているかを調査したアンケートでは、効果を感じていても継続が難しいという結果が出ました。この継続性の課題に対して、何らかのイノベーションが必要だと感じています。この点について、ご意見を伺いたいと考えています。

金岡教授:
東川町での調査によると、継続できた要因として、内的・外的動機よりも「自分の体の変化を実感できたこと」が最も大きかったという分析結果が出ています。病院で患者に運動指導をする際、2カ月後の外来でチェックすることを伝え、それまでに課題を達成するよう促すことで、モチベーションを維持できると考えられます。また、医師からの指示という「権威性」も、ある程度は活用できるでしょう。しかし、最も重要なのは、どのようにモチベーションを維持させるかという点です。一定以上の効果を実感できれば、心の持ちようも変わり、継続につながるのではないでしょうか。  

質問者2:
紹介されたエクササイズは大人に向けて実施されていますが、子どもにも効果はあるのでしょうか?

金岡教授:
基本的には大人が主な対象ですが、小学生のデータを収集している関係者によると、小学生に試したところ、ほとんどの子が問題なく実施できました。もしできない子がいた場合でも、改善のためのエクササイズを行うことで、全員ができるようになりました。つまり、エクササイズができない場合、何らかの問題がある可能性が考えられ、それを改善する必要があると考えられます。このエクササイズは、モニター的な意味合いで、体の状態を把握するためのツールとしても活用できます。例えば、右手で左の耳たぶを親指が前にくるようにつかみ、その手を上に持ち上げ、頭に触れずに首を後ろまで回せるかどうかを確認する方法があります。これは肩甲骨の可動域をチェックするものですが、小学生のほとんどは問題なくでき、できない場合でも指導すれば改善可能です。このような評価方法は他にもあり、小学生でも十分に実施できると考えています。子ども向けの遊びとして、姿勢などをチェックする程度であれば導入しやすいでしょう。  

質問者3:
過去に激しいストレッチで腰を痛め、それ以来、何度も繰り返し痛むことがありました。先生の著書にあるようにストレッチを続けていますが、最近の生活スタイルとして、座っている時間が圧倒的に増えました。その影響か、立ち上がったときや重い荷物を持ち上げた際に、腰が抜けるような感覚があります。加齢に伴うこのような症状を予防するために、どのような対策をすればよいでしょうか?

金岡教授:
生活上のストレスの影響で、アウターマッスルを使いやすくなっている可能性があるため、注意が必要です。インナーマッスルを意識して、動作はできるだけゆっくり行うようにしてください。疲れた状態で無理に手を伸ばすと、痛めて動けなくなることもあります。現在の状況は、それに近い状態かもしれません。痛みの原因は、仙腸関節、椎間板、椎間関節、筋肉など様々ですが、いずれの場合も、インナーマッスルを先に使う動作を意識することが重要です。また、過去と比べて関節が弱くなっている可能性があるため、これまで以上に注意が必要です。座っている時間が長いと、特に椎間板に負担がかかります。骨盤が後ろに倒れることで椎間板に圧力がかかり、水分が失われやすくなります。研究室の学生が卒業論文で行った研究によると、6時間座ると椎間板の水分量が減少し、6時間寝ると回復することが分かっています。椎間板の水分量は、立ったり座ったりすることで増減するため、こまめに動くことが大切です。骨盤を立てることで椎間板の圧力が下がり、水分が戻りやすくなります。椎間板には軟骨細胞があり、栄養を届けるためには水分の出入りが必要です。腰痛を予防するためにも、時々立ち上がって姿勢を正す習慣をつけるとよいでしょう。目安として30分に1回程度、骨盤を立てることを意識してみてください。  

質問者4:
武道は熱意を持った人でなければ継承できない面があります。技術が高くてもそれを広める力がなければ、組織的に発展させることは難しく、歴史の中でも埋もれてしまう。指導者の熱意や伝え方の工夫は、ソーシャルイノベーションの課題と重なる部分があると思うのですが、ご意見を伺いたいです。

金岡教授:
映像がない状況で身体の使い方を説明するには、特に正確に伝える技術が求められます。例えば、宗教にさまざまな解釈があるように、ピラティスにも多様な解釈が存在します。その中で、科学的なエビデンスは伝える際の一つの基盤になりますが、最終的にどう納得してもらうかが課題として残ります。例えば、複合筋について詳しく説明した後に、「いわゆる〝丹田″です」と言うと、不思議と「ああ、そうですか」と納得されることが意外に多くあります。――そもそも〝丹田″という言葉は、どんな意味なのでしょう。

質問者4:
何とも言えないのですが‥‥腰の下の中心というか、そこがしっかりしていないとあらゆる力が出ない場所です。

金岡教授:
〝丹田″という言葉が一番理解されやすいのは、専門的なエビデンスがなくても、直感的に伝わりやすいからではないでしょうか。そういう言葉ってありますよね。私も、そういった概念を作りたいと思うのですが、すでに〝丹田″という言葉があるので、それを使えばいいのかなとも思います。では「〝丹田″とは何か」。それは「こうするとこうなる」「できていない人はこうなってしまうから、こうしましょう」といった形で伝えていく必要があるのかなと、自分なりに解釈しています。科学的ではない言葉というのは流行語と同じで、なぜ広まるのか分からないことも多いですよね。でも、一度広まると、次の世代へと伝わっていきます。それは、何か特別な力を持った「アイドル的な言葉」なのかもしれません。  

質問者5:
精神科クリニックには認知症専門医が在籍し、多くの患者を診ています。体が元気な認知症の方は活動的ですが、体が不自由な方は車椅子での来院が多く、支援が難しいと感じます。簡単で分かりやすい高齢者への運動指導があれば教えてください。

金岡教授:
認知症の方への運動指導は難しい問題です。例えば、椅子から立ち上がれない場合はスクワットを取り入れるなど、できない動作を補う運動が有効です。しかし、歩行困難な場合は評価が難しくなります。運動指導には概念の理解や記憶が必要であり、認知症の方には効果が薄い可能性があります。やはり、心・技・体のうち、メンタルや中枢神経機能が最も重要だと改めて感じます。  

質問者6:
成人の発達障がいを研究していますが、運動協調機能に問題を抱える方が多いため、心理検査だけでなく運動機能の評価も行いたいと考えています。発達障がいの方への運動機能評価について方法があれば教えてください。

金岡教授:
現在担当している患者さんに、自分の動きを恥ずかしがって見せたがらない方がいます。幼少期に動きが変だとからかわれ、いじめを受けた経験があるそうです。発達障がいによる運動協調機能の問題かもしれませんが、評価方法が分からず困っています。この患者さんは、さまざまな動作で奇妙な動きをしていましたが、腹横筋の収縮を意識させたところ、時間をかけて改善が見られました。発育発達の過程で、考えすぎると体の使い方が分からなくなることがあるのかもしれません。本来、赤ちゃんの頃に獲得した動作はプログラムされており、自然に動けるはずですが、考えすぎると制御が難しくなります。例えばイップスのように、同じ動作を繰り返し意識すると正しく動けなくなることがあります。学生にも、階段の降り方が分からなくなり、半年の間、一段ずつしか降りられなかった者がいました。痛みはないものの、考えすぎることで動作ができなくなる特殊なケースです。また思考が速い人ほど、頭の中で情報が飛び交い、結果として動作が乱れることがあるのかもしれません。そのような人に腹横筋の収縮を意識させたところ、改善が見られたケースもあります。  

質問者7:
若い女性の運動習慣の低さについて。職員に対して研修に運動を取り入れましたが、仕事で疲れるとせっかくの運動習慣も続かなくなります。仕事終わりに運動する気力はないようで「分かっているけどできない」という雰囲気を感じます。モチベーションが低い人に運動を習慣化させるには、どうすればよいのでしょうか。

金岡教授:
モチベーションを与えるのは難しい問題です。病院では、腰痛を治すという目的があるため、医師の勧めで運動する人もいます。しかし、職場では立場の異なる人が運動を勧めても、「分かっているけどできない」という反応になりがちです。20〜40代女性の運動・スポーツ実施率は非常に低く、健康リテラシーがあっても実践できていない現状です。企業で運動の機会があれば実施率は上がります。友人と一緒に運動したり、コミュニティがあれば継続しやすいでしょう。地域別では、東京、名古屋、大阪、福岡の運動実施率が高く、地方ほど低くなります。また、日本では「男性は外で遊び、女性は家事をする」という意識が残り、若い女性が育児や家事を置いて運動することに後ろめたさを感じることもあります。こうした社会的要因がスポーツ実施率の低さにつながっているのかもしれません。  

〈まとめ〉
高橋准教授:
人類学的視点からもお話は大変興味深かったです。特にモーターコントロールという考え方を初めて知り、面白いと感じました。今回の大学院説明会はクロストーク形式で企画しましたが、異なる専門分野の方々が意見を交わす貴重な機会となり、新しい大学院プログラムの良いスタートになったと感じています。このような場を作っていただき、感謝いたします。また、女性のスポーツ実施率の低さについての話は、文化や社会規範との関係を考えるきっかけになりました。自分の専門分野とも照らし合わせ、さらに考えを深めたいと思います。

本村教授:
重要な点を指摘していただきました。このような多様な議論が生まれる場を作ることが今回の目的で、少人数制のキックオフイベントにしたのも、立場を超えて意見交換できる環境を整えるためです。例えば、今日の議論の中で、子育て中の母親が子どもと一緒にスポーツをすることはどうだろう、それを職場で取り入れてみては、といった異なる組み合わせによる新たなアイデアの可能性など、様々な視点から考えるきっかけになったのではないでしょうか。文系・理系、またそれ以外の多様な分野の視点を交えることで、イノベーションを多角的に捉える重要性に改めて気づきました。今後の展開を楽しみにしています。